石見神楽とは

石見神楽とは

島根県西部 石見地方に古くから伝わる伝統芸能

神楽とは、
かつては日本全国で盛んに行われていた我が国最古の芸能です。
石見神楽(いわみかぐら)は神楽の様式のひとつで、島根県西部(石見地方)に受け継がれている伝統芸能です。日本神話などを題材にした演目を豪華な衣装と表情豊かな面を身について舞うことで有名で、海外公演でも実績のある神楽です。数ある演目のなかでも、古事記や日本書紀にも登場する八岐大蛇(やまたのおろち)を題材とする「大蛇」は石見神楽の代名詞となっており、石見神楽なにわ館ではこの「大蛇」をはじめとする豊富な演目を荘重かつリズム感あふれる大太鼓、小太鼓、笛、鐘のお囃子にのせてみなさまに披露いたします。

program 演目紹介traditional arts

八岐大蛇退治(やまたのおろちたいじ)

須佐之男命(スサノオノミコト)の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治をダイナミックなスケールで舞う演目。娘が恐ろしい大蛇に食べられてしまうと嘆き悲しむ老夫婦と須佐之男命が出会い、毒酒を仕掛け、罠にかかった大蛇を見事に退治。その後無事に助かった娘と結ばれるというお話です。

神話を題材とし石見神楽の代名詞とも言える迫力ある演目で、
石見神楽に改革を起こしたと言われる蛇胴の動きや様々な仕掛けをご堪能下さい。

素戔嗚尊「スサノオノミコト(須佐之男命)」は、素戔嗚尊(すさのお)は天より降って出雲の國の簸(ひ)の川上に到った。 その時、川上で泣き声が聞こえた。そこで声の方を尋ねると、老夫婦がきれいな少女を間にして泣いていた。老夫婦は脚摩乳(あしなづち)と手摩乳(てなづち)といい、少女は二人の娘で奇稲田姫(くしいなだひめ)といった。夫婦にはもともと八人の娘がいたが、毎年一人ずつ八岐大蛇(やまたのおろち)という怪物に食べられてしまい、末娘の奇稲田姫だけになってしまった。そして残った奇稲田姫ももうじき食べられてしまうので、悲しくて泣いていたのだという。素戔嗚尊は、「八岐大蛇を退治する代わりに奇稲田姫を嫁に欲しい」と申し出た。老夫婦は喜んでその申し出を承諾した。すると素戔嗚尊は奇稲田姫の体に触れ、たちどころに湯津爪櫛(ゆつつまぐし)の形に変えてしまった。素戔嗚尊は湯津爪櫛になった少女を御髻(みづら)に挿し、脚摩乳と手摩乳に八回醸した酒を作らせ、八面に塀を立て、各々一つずつ樽を置き、酒を盛らして待った。時が過ぎ八岐大蛇が現れた。頭と尾はそれぞれ八つずつあり、眼は赤い鬼灯のようであった。松や柏が背中に生えていて、八つの丘、八つの谷の間に延びていた。大蛇は酒を飲もうとして、頭を各一つの樽に入れて飲み、酔って眠ってしまった。そこで素戔嗚尊は十握剣(とつかのつるぎ)を拔いて、ずたずたに八岐大蛇を斬った。尾を斬った時、剣の刃が少し欠けた。そこでその尾を割り裂いて見ると、中にひとふりの剣があった。これがいわゆる「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」である。そうした後に、湯津爪櫛になった奇稲田姫をとともに結婚の地を探して、出雲の淸地(すが)を訪れ、宮を建てた。 そして「八雲たつ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」と詠んだ。

日本書紀より

恵比須(えびす)

出雲の国、美保神社の御祭神、恵比須様が鯛釣りの様子を舞った演目。
漁業、商業の祖神として崇拝されていて、大国主命の第一の皇子でとても釣りの好きな神様です。

大人(旅人)が出雲大社巡礼の途中に美保神社に参詣し神の出現を待つところに恵比須が現れ、鯛を釣り上げ寿福を顕すという大変おめでたい演目で、恵比須様の動きに注目です。

八幡(はちまん)

武勇の神、八幡宮の祭神である八幡麻呂を讃える演目です。

八幡麻呂が異国から飛来した、第六天の悪魔王が次々に人々を殺害しているのを聞き、「神通の弓」、「方便の矢」を持って退治をします。正義(神)対悪魔(鬼)。
石見神楽の代表的な展開の神楽です。